アメリカ・ハリウッドで人工知能（AI）によって創り出された女優が登場し、芸能界を中心に激しい議論が巻き起こっています。女優でありコメディアンのエレン・ファン・デル・ヴェルデンが設立したAIスタジオ「シコイア（Xicoia）」が発表したAI女優 ティリー・ノーウッド（Tilly Norwood） がその主役です。現在、エージェントとの契約交渉が進行中と報じられ、有名俳優や労働組合までもが「人間俳優の尊厳と生存権」を守るべく強く反発しています。今回の事態は単なる技術導入を超え、芸術と創造の定義そのものを揺るがす核心的な論点を含んでいます。 AI女優ティリー・ノーウッド：誕生とハリウッド進出の試み ティリー・ノーウッドを生み出したシコイアは、ヴェルデンのAI制作スタジオ「パーティクル6（Particle6）」の子会社であり、「新世代の超現実的デジタルスターを創造し、管理し、収益化する」ことを目的としています。ヴェルデンはチューリッヒ映画祭にて、ティリーに関心を示すエージェントたちと交渉していると明かし、近く公式にマネジメント契約が発表される見込みだと述べました。もし実現すれば、ティリーは従来のスターと同等の扱いを受ける初のAI女優の一人となります。 ハリウッドにおけるAI導入への二面性 ヴェルデンは、スタジオやメディア企業がすでに水面下でAIを導入しており、数か月以内にAI技術を活用したプロジェクトが発表されると予測しています。これはハリウッド内部においてAIを「効率性と創造性を高めるツール」として積極的に受け入れる動きがあることを示唆します。しかし一方で、俳優たちにとっては生活そのものが脅かされる重大問題であり、激しい衝突を生んでいます。 俳優たちの怒りと労働組合の強烈な批判 「吐き気がする」― 感情むき出しの反発 AI女優の登場に、ハリウッド俳優たちは即座に反発しました。映画『スクリーム』主演のメリッサ・バレラは、このようなAI俳優と契約しようとするエージェンシーに対し 「本当に吐き気がする」 と強く批判し、所属俳優たちに目を覚ますよう呼びかけました。ほかの俳優たちも、エージェントをボイコットすべきだと主張し、ティリー・ノーウッドは 「女優ではない」 と根源的なアイデンティティの問題を提起しています。 人間の芸術性を損なう倫理的懸念 特に映画『マチルダ』に出演したマラ・ウィルソンは、ティリーを作るために数百人の若い女性の顔データが合成されたことを指摘し、彼女たちが本来得られるはずの雇用機会が奪われるのではないかと懸念を示しました。トークショー司会者のウーピー・ゴールドバーグも、AI俳優が数千人の俳優の要素を無断で組み合わせて作られた現実に強い危機感を示しました。これはAIが創作過程で人間の労働やイメージデータを無許可・無報酬で利用しているという批判の核心です。 SAG-AFTRAの公式声明：「ノーウッドは俳優ではない」 アメリカ俳優放送人組合（SAG-AFTRA）は今回の論争について公式声明を発表し、AI女優を強く批判しました。声明では創造性はあくまで人間中心であるべきだと強調し、ティリー・ノーウッドは 「俳優ではない」 と断言しました。 「ノーウッドは、多数のプロ俳優の演技を基に訓練されたコンピュータプログラムによって、許可も報酬もなく作り出されたキャラクターに過ぎません。」 組合は、AIキャラクターには人生経験や感情を表現することはできず、観客も人間の経験と無縁のコンピュータ生成コンテンツには関心を持たないと主張しました。結論としてAI俳優は、盗用された演技を利用して俳優たちの職を奪い、生計を脅かし、人間芸術を損なう存在だと強調しました。 AI俳優論争：新しいツールか、代替手段か？ 俳優たちの厳しい批判に対し、ヴェルデンはティリー・ノーウッドは人間の代替ではなく、「創造物（Creation）であり芸術作品（Art Work）」 だと反論しました。AIの登場が過去の新しい芸術形態と同じように論争を生んでいること自体が、創造性の力を示していると主張します。 「私はAIを人間の代わりではなく、新しいツールだと考えています。AIは想像し、物語を紡ぐもう一つの方法を提供しているのです。」 ヴェルデンの立場は、AIを単なる代替技術ではなく、人間の想像力や物語表現を拡張する革新的な手段として捉えるものです。これは制作費削減と無限の創造可能性を追求する映画業界の欲求をも反映しています。 ハリウッドの課題：技術と人間労働の共存 ティリー・ノーウッドをめぐる今回の論争は、AI時代の労働問題を鋭く浮き彫りにしました。俳優たちはAIによる大量失業や創作物の盗用を恐れる一方で、スタジオは制作効率の向上や新しい表現の可能性に期待を寄せています。 重要なのはAIの「使い方」です。もしAIが人間俳優の演技データを無断で学習し、その代替手段として利用されるなら、労働市場の崩壊を招くでしょう。しかし、AIが俳優の創造的作業を補助し、物理的に不可能なキャラクターを実現するツールとして活用されるなら、創作の領域を広げる肯定的な技術となり得ます。ハリウッドは今、AIを 「どのように使うのか」 を明確化する倫理的ガイドラインと、公正な報酬システムを確立するという大きな課題に直面しています。